展覧会レポート

生誕140年記念 背く画家 津田青楓とあゆむ明治・大正・ 昭和

2020.3.16

明治の文豪・夏目漱石に愛された画家!?

明治・大正・昭和を生き抜いた画家・津田青楓を紹介

 

練馬区立美術館で「生誕140年記念 背く画家 津田青楓とあゆむ明治・大正・ 昭和」が開催中です。

 

(左から)津田青楓《怒涛》1932年頃 笛吹市青楓美術館蔵/津田青楓《海浜飛沫》1933年 笛吹市青楓美術館蔵

 

津田青楓(つだ せいふう/1880-1978)は、1896年(明治29)に図案制作をはじめたことから、画家人生の第一歩を踏み出しました。洋画や工芸、文豪・夏目漱石もほれ込んだ装丁など、幅広い分野で活躍した青楓ですが、これまでまとまったかたちで作品や、その長い生涯を紹介する回顧展は開催されていませんでした。

 

本展では、明治・大正・昭和の時代を生きた青楓の生涯を、約250点の作品や関連資料を通して紹介。青楓が生きた長い時代を、さまざまなジャンルの作品で振り返る展覧会です。

 

自由を求めて出会った図案の仕事

 

1880年(明治13)、京都市上京区(現在の中京区)に生まれた青楓。小学校卒業と同時に「千吉」という生地問屋へ下働きに出され、そこで許しを得て円山四条派の画家、竹川友廣(たけかわ ともひろ)に手ほどきを受けたことにより、画業に親しむようになりました。しかし、主人に頭を下げる古い体制がいやになり、1896年(明治29)に自由に憧れ、学ぶことを求めた青楓は千吉を飛び出します。

 

展示風景より (手前)津田青楓『うづら衣』(山田芸艸堂)1903年 木版、髪 スコット・ジョンソン蔵

 

自立を探す中で青楓が出会ったのが、図案を描く仕事でした。京都では染織業に新たなもようを供給する図案にニーズがあり、腕を見込まれた青楓は図案集の原稿制作を始めます。どれも色が鮮やかに残っています!また現代的なもようも多いので、私たちが見ても親しみやすいものです。

 

本格的に絵の修行を積むかたわらで、京都市立染織学校に入学し、染織の知識を高めるなど勉強ができる幸福を知る青楓ですが、1900年(明治33)、当時20歳だった青楓は日露戦争に徴兵され、1903年(明治36)まで兵役につくこととなります。

 

青楓は、夏目漱石のファンだった!

 

明治期の文芸雑誌「ホトトギス」を10代の頃から愛読していた青楓は、日露戦争従軍中も兄から当時連載されていた夏目漱石の「吾輩ハ猫デアル」の切り抜きを送ってもらうなど、早くから漱石の小説に親しみを持っていました。

 

フランス留学時の異国体験記を「ホトトギス」に投稿します。3編掲載されたうち、「洗濯女」を漱石の門下(*)の小宮豊隆(こみや とよたか)が高く評価したことで、青楓は憧れの漱石に会うきっかけを得ました。

 

*門下(もんか):弟子のこと

 

(左から)津田青楓《漱石山房と其の弟子達》制作年不詳 日本近代文学館蔵/安井曾太郎《麓の町》1914年 県立神奈川近代文学館蔵

 

左の作品は、1918年(大正7)、与謝野蕪村が芭蕉の10人の弟子を描いた作品にならい描かれたものです。左上で弟子たちのようすを優しく見守っているのが漱石。それぞれ描かれた人物の近くに名前が書いてあるので、ぜひ間近で見てみてください!

 

激動の時代を生き抜いた画家、津田青楓を紹介する展覧会。時代ごとに違った作風を見ることができるので、ぜひ足を運んでみてください。

 

展示風景

 

information

会場名:練馬区立美術館

展覧会名:生誕140年記念 背く画家 津田青楓とあゆむ明治・大正・ 昭和

会期:2020.02.21〜04.12

開館時間:10:00~18:00(入館は閉館の30分前まで)

料金:一般1,000円、高校・大学生および65歳~74歳800円、中学生以下・75歳以上無料

展覧会詳細ページ:https://obikake.com/exhibition/8250/

公式サイト:https://www.neribun.or.jp/event/detail_m.cgi?id=201912151576384229

 

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Editor  静居 絵里菜

【編集後記】現代的な図案がずらっと並ぶ、展示室中央の展示ケースは必見です!叶うなら、ブックカバーに1つ欲しいくらい!(笑)ぜひ足を運んでみてください!

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