展覧会レポート
2020.12.24
デビュー作から最新作までを通覧
写真家・瀬戸正人が見たアジアの表情とは
東京都写真美術館にて「瀬戸正人 記憶の地図」が開催中です。
展示風景
瀬戸正人(1953-)は、日本を代表する写真家です。
日本人の父とベトナム人の母の元に生まれ、8歳の頃、生まれ育ったタイから、父の故郷である福島県に移り住みました。
瀬戸は、タイと日本を行き来しながら、半世紀以上にわたりアジア各地の人々の暮らしや表情、風土や自然、また社会にレンズを向けてきました。
本展は、デビュー作〈バンコク、ハノイ〉から最新作〈Silent Mode2020〉にいたる各時代の代表作によって、瀬戸が見たアジアを紹介します。
故郷バンコクとハノイで撮影したデビュー作〈バンコク、ハノイ〔1982-1987〕〉
〈バンコク、ハノイ〉は、瀬戸の生まれ故郷タイ・バンコク、そして母の親戚の住むベトナム・ハノイを約20年ぶりに訪れて撮影したデビュー作です。
本シリーズは、市場や街路の光景のみならず、飲食店や風俗店、アパートメントの中の人々にもレンズを向けた“記録”であり、作家自身のルーツをたどったパーソナル・ヒストリーでもあります。
展示風景
瀬戸が撮影のために屋台のアセチレン*のにおいを吸い込みながら歩き回っていると、突然、それまで思い出せなかったタイの言葉たちが、耳の奥深くから飛び出してきたそうです。
バンコクの風景と匂いは、眠っていた瀬戸の記憶を覚醒させました。
*アセチレンガス。すぐれた可燃性能を持つガスのこと。当時、夜店の照明にはアセチレンガスを燃やして光源とした「アセチレンランプ」がよく使用されていました。
東京に住む様々な人々を写した〈Living Room, Tokyo〔1989-1994〕〉
〈Living Room, Tokyo〉は、日本人を含め、アジア諸国や中近東など、様々な国と地域から東京に移り住んだ人々の居住空間を記録したシリーズです。
露光時間が長い撮影のため、その間モデルたちは息を止めている必要があり、その結果部屋の一部に配置された、無個性で無表情な人形のように見えます。
展示風景
瀬戸は東京に住むタイ人のアパートを訪れた際、外観は普通の集合住宅にも関わらず、部屋に一歩入るとそこには「タイ流」の生活空間があり、そのギャップに驚いたそうです。
それぞれの生活空間が、薄い壁一枚を挟んで連続している「部屋」という空間に強い興味を抱いたことから制作されました。
カップルたちの一瞬をとらえた〈Picnic〔1995-2003〕〉
〈Picnic〉は、東京の代々木公園や二子玉川の緑地などで一緒の時間を過ごしているカップルらを一定の距離感でとらえたシリーズです。
展示風景
レジャーシートや草むらの上でピクニックを楽しむ彼らは、目に見えない壁に囲まれ、外界から隔絶された二人だけの世界を築きあげているかのようです。
一見、幸せそうな明るい作品群に、瀬戸は「消えそうに淡く、そして危ういその瞬間こそが『写真』かもしれません」とコメントを寄せています。
自身のルーツを写した〈Fukushima〔1973-2016〕〉
瀬戸は、福島県伊達市で20歳まで過ごしています。
フリーの写真家になって初めて、バンコクからウドーンタニ、そして母方の親族が住むハノイへと足を伸ばしたことをきっかけに、それぞれの異なる風土に自身のルーツを見出し、福島の風景を記録するようになりました。
展示風景
瀬戸はアジア各都市で精力的に制作しながらも、現在に至るまで、自然豊かな故郷・福島の風景を記録し続けてきました。
過去と現在、そして未来へと続く「福島」の姿を、自身の記憶とともに紹介します。
独特の憂愁が感じられる〈Binran〔2004-2007〕〉
「ビンラン」は太平洋・アジア、東アフリカの一部に分布しているヤシ科の植物で、台湾全土で愛用されている嗜好品です。
展示風景
本シリーズは、台湾郊外で見ることができる、ビンランの実を売る小さな店「ビンラン・スタンド」を写したものです。
ネオンがきらめくガラスの中で、その華やかさとは裏腹に寂しげな表情を見せるビンラン売りとその光景を、卓抜な感覚で細部まで描写しています。
〈Silent Mode 2020〔2019-2020〕〉
瀬戸は1996 年、「サイレントモード」で、電車内で被写体を至近距離で撮影し、その表情や仕草の細部に着目した〈Silent Mode〉シリーズを発表しました。
一方、新作〈Silent Mode 2020〉は、被写体の顔にその人の無意識の表情が湧き上がってくるのを「待つ」スタイルをとっています。
正面からカメラを向けられたモデルたちが、数秒程度の露光時間で撮影されます。初めのうちは撮影されていることを意識していますが、次第にカメラや撮影者の存在を忘れ、自己の内面へ降りてゆくプロセスが表情に現れるのです。
展示風景
人間の表情は不安定で落ちつきがなく、常に気持ちがどこに向いているかによって変化しています。
「その人がその人であるということを私たちはどのように認知すべきなのか?」本シリーズは、人間という存在の不思議さや、多重性をあらためて浮かび上がらせます。
瀬戸は、「写真は『記録』であると同時に『記憶』でもある」と語ります。
本展で紹介される作品群は、瀬戸自身の記憶とともに、何層にも折りたたまれた「記憶の地図」となって、見る者の前に鮮やかに浮かび上がることでしょう。
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〆切は1月4日23:59まで!
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2020.12.01~2021.01.24
開催終了
東京都写真美術館 2階
Editor | 三輪 穂乃香
【編集後記】