ミュージアムさんぽ
2021.3.8
「おびかけ編集部がゆく!ミュージアムさんぽ」とは
企画展だけではない、ミュージアムの魅力について、編集部がたっぷり取材します!
今回は、出版・印刷の街である市ヶ谷に新しくオープンした「市谷の杜 本と活字館」へ!
同館は、大日本印刷(以下、DNP)の事業の原点である活版印刷の現場を一部再現し、文字のデザインや活字の鋳造(ちゅうぞう)、印刷・製本までのプロセスを紹介する文化施設です。
市谷の杜 本と活字館 外観
2021年2月に開館したての「市谷の杜 本と活字館」の見どころを、たっぷりとご紹介していきます!
(予約制となっております ※2021年3月現在)
市谷の杜 本と活字館とは?
同館は、大正時代に建てられた印刷工場の営業所棟を、修復・復元した建物です。
DNPの前身である「秀英舎」は1876(明治9)年に銀座で創業し、10年後の明治19年に市谷に工場を開設しました。
当初は工場建物の大半が木造でしたが、1919(大正8)年に工場建物の耐震・耐火基準が法律で定められたことをきっかけに、翌年、鉄筋コンクリート造りの工場への増改築工事が行われました。
途中、1923(大正12)年9月1日に関東大震災に見舞われ、工事を中断することもありましたが、建設中の建物に大きな被害はなく、1926(大正15)年までに工場棟8棟と、時計台(営業所棟)が作られて、増築工事のすべてが完了しました。
市谷の杜 本と活字館 復元された「時計台」
大正時代に建てられた建物の多くは、戦時中の空襲にも耐え、戦後も使われ続けましたが、2003(平成15)年から始まった再開発工事により様変わりし、現在はこの営業所棟だけが創建当時の姿で残っています!
建物を復元する際、当時の資料はモノクロ写真しか残っていませんでした。
そのため外壁の色は、同時期に建てられた「表参道同潤会アパート」を復元する際、壁面調査を行った居住技術研究所、加藤正久さんの協力を得るなどして、当時の色の再現に取り組んだといいます。
また一部の床には、当時のタイルをそのまま残している所も!
探してみてはいかがでしょうか?
当時の営業所棟の内装を再現
時計台は竣工以来、90年以上にわたってオフィスとして使われていました。そのため、内部にはさまざまな改装が施されてきました。
工事前の調査で発見された竣工当時のものと思われる壁や床材、ドア材などは、復元のための資料として活用されました。
「市谷の杜 本と活字館 開館記念展 『時計台の修復・復元』」 展示風景より
2階の展示室では、「市谷の杜 本と活字館 開館記念展 『時計台の修復・復元』」が開催中です!(2021年5月30日まで)
調査で発見された、竣工当時の腰壁などの資料を展示。他にも同館のロゴマークやサインの制作についても紹介しています。
特にシンボルとなる時計の文字盤に関しては残っている資料がなく、戦前に撮影したモノクロ写真からスケッチを起こして、1~12の数字をフォント化したそう!
本展は、今回の修復・復元プロジェクトについてより深く知ることのできる展覧会になっています。
「市谷の杜 本と活字館 開館記念展 『時計台の修復・復元』」 展示風景より
活字ができる工程をわかりやすく紹介!
1階の「印刷所」は、活版印刷工場が一部再現されています。
ここでは、文字の原図から活字の「母型」を彫り、鋳造する工程や、活字を拾って版を組み、印刷・製本するまでの一連の設備や作業を見ることができます。
「彫刻母型」をつくる作字の工程がわかりやすく紹介されています。
原図は、2インチ(約5センチ)角の用紙に、ペンや烏口(からすぐち*)などの製図道具を使って書体デザインの担当がすべて手描きで作成します。
*烏口:製図やトレース、レタリングなどに用いられる、均一な太さの線をひくための描画用具のこと。名前のとおり、カラスのくちばしの様な形をしており、2枚の金属製の刃の間にインクを注入して使用する。
この原図に書かれている文字は、「秀英体」と呼ばれる書体です。秀英体は、現在のフォントデザインにも大きな影響与え、数多くの出版物に使用されています。
活字パントグラフ(母型彫刻機)
完成した原図をカメラで撮影し、亜鉛の「パターン」と呼ばれる型を作成します。パターンは原図の墨のその部分が腐食しています。腐食でへこんだところを「活字パントグラフ(母型彫刻機)」でなぞることで、母型を作っていきます!
こちらの活字パントグラフは、戦前に三省堂が輸入していたアメリカの機械を、DNPと津上製作所が研究・開発した国産の母型彫刻機です。
1948(昭和23)年の完成以降、大手印刷会社や新聞社が相次いでこれを導入し、活字の品質は大きく向上したそう!
母型は鋳造を繰り返すことで破損するため、パターンも保管しておいて、再彫刻に備えます。市谷工場では、さまざまな種類の出版物を印刷するために約30万本の母型が保管されていたそうです!
活字が入った棚がズラリ!
母型を使って鋳造された活字が入った棚は「ウマ」と呼ばれています。
ここでは、職人が活字を拾い、印刷機を回す、今では珍しくなってしまった、活版印刷の作業を知ることができます。
よく見てみると、ウマに入った活字は「あいうえお順」ではなく「いろは順」になっています!
同じ文字でもサイズごと、書体ごとにあるので、活字の量は膨大です。文選工(ぶんせんこう)が活字を取りやすいように工夫されています。
文選工が取ってきた活字は、植字の職人によって版に整えられます。その作業を行うための「植字台」も展示!
植字の職人は自分専用の台を持っています。必要な活字ケースを目の前に並べて作業を行っていました。
細かい道具がたくさんあるので、虫メガネなどでじっくり見てみてください。
館のシンボル!平台印刷機
館内の中央には、平台式活版印刷機が展示されています。こちらは、活版組版用の印刷機で、機械上の平らな面に版を組付けて印刷します。
平台式活版印刷機
機械の製造元や作られた時期は定かではありませんが、修理のため解体した際、胴に巻かれていた新聞紙の日付が1941(昭和16)年だったことから、昭和初期には稼働していたものだと推測されています。
機械の持つ歴史を感じられるよう、あえて傷などはそのままにして、実際に稼働する印刷機として整備を行ったそうです。
今後は、この印刷機を使って印刷をするイベントなども開催されるとのことです!
さまざまな「印刷」を楽しめるワークショップ!
2階には展示室のほか、印刷と本づくりを実際に体験できる「制作室」があります。
市谷の杜 本と活字館 2階制作室 テキン
ここでは、テキンと呼ばれる卓上の活版印刷機や、シルクスクリーンなどの設備のほか、レーザーカッターやUVプリンターなど最新の機器も勢ぞろい!
さまざまな道具を活用して、オリジナルの印刷物が作れるコーナーです。
テキンを使って、来館記念のしおりも作ることができます。
※2021年3月現在は、「来館記念のしおり」の制作は中止となっています。最新の情報は公式サイトをご確認ください。
また今後は、専門のクリエイターを招いた印刷・製本ワークショップや、トークイベントも開催されるとのこと! 楽しみですね。
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気になる質問! 担当者さんに聞いてみました
―「秀英体」について、詳しく教えてください。
大日本印刷の前身である秀英舎が明治時代から開発をはじめ、100年以上にわたり、現在もなお使われている書体です。
当時は活版印刷用の金属活字でしたが、時代と共に印刷方法も変わってきましたので、現在では電子書籍の表示用デジタルフォントとしても使われています。
歴史のある書体なので、数多くの出版物で目にすることがあります。特に一般の方になじみがあるのは、新潮文庫や、『広辞苑』でしょうか。
広辞苑(初版)1955(昭和30)年、岩波書店
―館内の⾒どころや、特に注⽬してほしい展⽰はありますか?
ひとつひとつの展示をじっくり見ていただきたいですが、機械が動く音やインキのにおいなど、ご来館いただけないと味わえない「空間」そのものをぜひお楽しみいただきたいです。
―担当の方が思う「活版印刷の魅⼒」を教えてください。
現代では珍しくなってしまった、「手作業による丁寧な仕事」でしょうか。
現在一般的なオフセット印刷であっても、数多くの職人が高い技術を持って手掛けていることには変わりありませんが、デジタル化が進んでいるために、どのような作業を行っているかわかりにくく、「機械で出力しているだけ」と思われがちです。
一方で活版印刷は活字を拾い、版を組み、印刷機にかける工程すべてを自分の目で見ることができ、どうやって作られているか、どれほど精緻な作業なのか、印刷の奥深さを実感していただけると思います。
現在では珍しい活版印刷の魅力や、製本について紹介する「市谷の杜 本と活字館」。
新型コロナウイルス感染症拡大防止策として2021年3月現在は、完全予約制となっています。詳しくは、館公式サイトをご確認ください!
Information
市谷の杜 本と活字館
開館時間:平日 11:30~20:00、土日祝 10:00~18:00
休館日:月曜・火曜(祝日の場合は開館)
所在地:〒162-8001 東京都新宿区市谷加賀町1-1-1
お問合せ:03-6386-0555
入場料:無料
※2021年3月現在、新型コロナウイルス感染症対策のため、【完全予約制】となっています。来館予約はコチラから!
公式HP:https://ichigaya-letterpress.jp/
アクセス:
・東京メトロ 南北線・有楽町線 市ケ谷駅 6番出口より 徒歩10分
・JR市ケ谷駅より 徒歩15分
・都営地下鉄新宿線 市ヶ谷駅 1番出口より 徒歩15分
・都営地下鉄大江戸線 牛込神楽坂駅 A1出口より 徒歩10分
Editor | 静居 絵里菜
【編集後記】
活版印刷や製本の魅力を深く知ることができる施設でした♪ コロナが明けたら、私もワークショップなどのイベントに参加したいと思いました。