川端龍子《山葡萄》1933年、大田区立龍子記念館蔵
日本画家・川端龍子(1885~1966)は、画家を志した当初、洋画家を目指し油彩の作品を描いていました。28歳の時に転機が訪れ、日本画家へ転向、30代には再興日本美術院(院展)で活躍し始めます。
そして大正時代の自由な気風を背景に、龍子は洋画的表現を強く意識した日本画作品を発表し続けました。その後、昭和初期に自らの美術団体・青龍社を設立すると、「会場藝術」を標榜し、龍子は日本画の常識を打ち破る大作を次々と発表します。
画壇の風雲児と呼ばれる活躍の中でも、龍子は「いわゆる日本画、いわゆる日本における洋画の区別はあるべきでは無い」と日本画に洋画的表現を特長を融合させ、制作を続けました。
一方、戦後になると、墨を基調とした古典的な描法にも龍子は挑みます。
1958(昭和33)年の第29回ヴェネツィア・ビエンナーレにおいては、国際展で龍子がどのような作品を制作するか注目される中、墨の滲みをきかせ自宅の仏像を描いた連作「吾が持仏堂」が発表されました。
このように、龍子は時代ごとの表現方法を巧妙に変化させながら、独自のスタイルを生み出していきました。
本展では、《御来迎》(1957年)や《花摘雲》(1940年)、《山葡萄》(1933年)といった洋画的表現が意識された作品をはじめ、油彩《ひまわり》(明治時代後期)から院展時代の作品《土》(1919年)、《賭博者》(1923年)、そして、ヴェネツィア・ビエンナーレ出品の連作「吾が持仏堂」(1958年)等の展示を通して、「新しかる上」に「伝統を活かすの途」があるとした龍子の日本画観に迫ります。
名作展 新しかる上に-龍子の日本画へのまなざし
2022.04.23~2022.07.03
開催終了
9:00~16:30(入館は16:00まで)
月曜日(祝日の場合は開館し、その翌日休館)
大人:200円 小中学生:100円
※65歳以上(要証明)、6歳未満は無料
大田区立龍子記念館
〒143-0024
東京都大田区中央4-2-1
JR大森駅西口から東急バス4番「荏原町駅入口」行乗車、「臼田坂下」下車、徒歩2分